「軍郷」柏探訪
戦前から戦中にかけて現在の柏市一帯には陸軍柏飛行場(東部第105部隊)をはじめ高射砲第2聯隊など多くの日本陸軍関連施設が存在する「軍郷」*1であった。今回は「軍郷」柏の旧日本陸軍の遺構を探訪した記録である。(2020年12月18日実施)
1.旧第4航空教育隊営門
梅林第四公園(柏市高田)には旧陸軍第4航空教育隊(東部第102部隊)の営門が保存されている。この隊は十余二、高田の両地域にまたがる形で置かれており、航空部隊に配属される兵士の訓練、教育がおこなわれていた。保存されている門柱は現在の梅林第3公園(柏市十余二)付近から移設されたものである。
2.旧東部105部隊営門
柏警察署高田原交番(柏市十余二)付近にかつての柏陸軍飛行場(東部105部隊)の兵営施設の営門が当時のまま存在している。1938年に竣工した陸軍柏飛行場は帝都防空用の飛行場として建設され、立川陸軍飛行場から移転してきた陸軍飛行第五戦隊をはじめ様々な戦闘部隊が展開した。本土へのB-29による空襲が激化した1944年以降は防空戦闘任務を主体とする部隊*2が展開した。
2車線分ある道幅は営門跡でほぼ1車線分になっており車はすれ違いができない。交通量も多く、よく現在まで残されてきたなと感じた。
また、この営門跡からほど近くの高齢者向け介護施設の敷地内には旧弾薬庫*3が2棟現存しており、県道47号線からその様子をうかがうことができる。
3.掩体壕跡と東誘導路跡
柏飛行場には軍用機を敵機からの攻撃から守るための掩体壕が79基設置されていたとされる。それら全てが屋根が無い土手を築いたのみの「無蓋掩体壕」であった。東、西、北と敷かれていた各誘導路に掩体壕があったが、現存しているのは東誘導路に設置されていたもの(2基)のみである。そのうちの1基がこんぶくろ池自然博物公園(柏市十余二)内に存在している。
かつては現在よりも高く築かれていたのだろうか。軍用機を攻撃から守るには心許ない高さに感じられた。
また、この掩体壕跡の近くにはかつての東誘導路が生活路として現存している。
4.ロケット戦闘機「秋水」燃料庫跡
太平洋戦争末期、高高度を飛行するB-29を迎撃するため同盟国ドイツのメッサーシュミット社の技術を基にロケット戦闘機「秋水」が開発された。なお燃料には高濃度過酸化水素水や水化ヒドラジンなどの""劇物""が用いられていた。
柏飛行場があった十余二から約2km離れた花野井地区にそれら燃料を保管するために建設された燃料庫が現存している。*4
法面にアーチ型のコンクリート面が露わになっていた。また、この入口跡の近くの畑には地下にあったとされる燃料庫の通気孔が現存している。
この他にも花野井地区には地下だけではなく、地上に剥き出しになっている燃料庫跡も存在している。一帯は住宅等の私有地だが燃料庫跡の区域のみ国有地であった。住宅地に残る燃料庫跡はどこか異様な雰囲気を醸し出していた。
5.旧高射砲第2聯隊営門と旧照空予習室及び測遠器訓練所
柏市根戸周辺は日本陸軍の高射砲第2聯隊が置かれ、柏飛行場と共に防空任務の拠点となった。高野台児童公園には高射砲第2聯隊の営門であった門柱が移設、保存されている。
この他にも根戸には旧高射砲聯隊で照空予習室及測遠器訓練所として活用されていた建築物が現存している。この建築物は2009年まで柏市西部消防署根戸分署として活用されており、当初は軍馬の食糧庫(馬糧庫)だったと推測されていた。
この型の建築物は昭和10年代前半に国内に6ヶ所、朝鮮半島に1ヶ所建設された。現存しているのは柏市と兵庫県加古川市のみである。また、起重機(外付けエレベーター)の支柱が残っているのは柏市根戸の建築物のみとなっている。保存の要望は多いものの老朽化のため取り壊しが決定している。
「軍郷」柏探訪(終)